懲役刑の執行猶予中の者は会社役員になれるか
懲役刑に処せられ、現在、刑の執行猶予中の人を会社役員に選任することができるでしょうか。
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昭和56年の商法改正により新設された、取締役の欠格事由に関する規定によれば、商法、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律、有限会社法に定める罪により刑に処せられた者は、執行猶予中であっても、また刑の種類を問わない関係から、たとえそれが罰金刑であっても、刑の執行を終わったか、執行をうけることがなくなった日(刑の時効完成の目)から2年を経過しなければ取締役になれないとされています。
他方前記以外の罪の場合は、禁錮以上の刑に処せられ(懲役の場合がこれにあたることはもちろんですが、罰金はこれにあたりません。)、その執行を終わるか、執行をうけることがなくなるまでは取締役になれないものの、禁錮以上の刑に処せられた場合でも執行猶予中は、取締役になれることになっています。同じ有罪判決を受けた者でありながら、会社法上の罪を犯した者をより厳しく扱っているのは、いうまでもなく取締役としての不適格性がより顕著だからということによるものです。そして前記の規定は株式会社の監査役、清算人、有限会社の取締役、監査役、清算人に準用されていますから、株式会社、有限会社の役員全般についていえることです。
このように、今日では犯した罪のいかんで刑の執行猶予中の者を会社役員に選任することができるかどうか商法上明らかなのですが、昭和56年改正以前は解釈上若干の争いがありました。
というのも、刑法施行法という法律が、他の法律で人の資格に関し別段の定めを設けなかったときは旧刑法の規定が効力を有すると定め、旧刑法は死刑、無期または6年以上の懲役もしくは禁錮に処せられ復権を得ていない者は、「会社ヲ管理スルノ権」を含む公権が剥奪されるとし、また6年未満の懲役もしくは禁錮に処せられ、その執行を終わるまで、またはその執行をうけることがなくなるまでの者は右の権利が停止されると規定していたからです。「会社ヲ管理スルノ権」がない以上、取締役をはじめとする会社役員としての資格も喪失することになり、そうであれば刑に処せられた以上、たとえ執行猶予中であっても会社役員の資格が失われるのだと考えられていました。大審院の判例にも上記の解釈を示したものがあります。
しかし旧刑法当時は、会社設立にあたって免許主義を採っていたことからも明らかなように、民間企業に対して国家が高度の関心を払っており、企業経営も公的色彩をもつものと考えられていたのに対し、その後の改正により設立について準則主義が採用されるなど、企業に対する国家の関与の度合が後退することとなりました。しかも取締役についていえば、その地位はたんに取締役会の構成員として業務執行に関与するにすぎなくなったため、取締役に対し求められるものは私的利潤追求のための経営努力にすぎないと考えられるようになったのです。他の役員についても立場は異なるものの、求められる最大の資質は私的利潤追求のための姿勢にほかなりません。このように考えると、会社役員の地位を公権視することは疑問があるとされ、前記のような古い規定を根拠に会社役員の資格を議論することはいかがかという解釈が主張されるようになったのです。この解釈を前提に、取締役が懲役刑に処せられ刑の執行猶予をうけた場合にも取締役たる資格を喪失しない旨判示した下級審判決もありました。
このような解釈上の争いを立法的に解決したのが、昭和56年改正の趣旨ですが、この改正にあたって、前述の商法、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律、有限会社法違反の場合と同様、刑法上の罪であっても詐欺、背任、横領などの罪で刑に処せられた場合には、この刑の執行を終わり、または執行をうけることがなくなってから一定期間経過していない者を会社役員欠格者とする旨の試案が示されたことがありました。しかし役員がその地位を濫用した態様の詐欺、横領の場合には確かにその適格性をとくに疑われてもやむをえませんが、無銭飲食やキセル乗車のような態様の詐欺の場合などを考えると、他の刑法上の罪と区別して扱うべきだとは思われません。そこでこれらの罪を一律に商法、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律、有限会社法違反などの罪と同様に扱うことは断念され、現在のような規定となった経緯があります。
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